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yunojixのブログ

2014年5月生まれの第1子と、産後2ヶ月で休職した夫との暮らしを綴るほのぼのブログです→夫は無事に復職しました

家事育児に主体的であるということ

鍋の〆を雑炊にしたので、お米がほこほこに煮えるのを待ちながら思いました。
料理のできない夫は、鍋の〆に雑炊を作るときに卵を入れるタイミングを知らないだろうなあ、と。
それで、もしいま私が急に死んじゃったりしたら、夫は子供を育てていけないだろうな、とも。

いま夫が急に死んじゃったりしても、幸い私の勤務先は理解のあるところだし、私がすぐに仕事に復帰して実家にも多少頼りつつ家事育児をしていく、というイメージはできるし、大変だろうけど子供と生活していくことはできる気がする。

だけど家事育児をほとんどしてこなかった夫が、私がいなくなった後、子供と生活していけるイメージが全然わかない。
夫の実家は遠方で仕事の少ない地域だし、義母は鬼籍だし、実家に頼ることもできなそう。そうするとしばらくは私の実家に頼るのが現実的かもしれない。夫の気は休まらないだろうけど。

煮える鍋を挟んで、そんな話を夫としました。
夫は私が死んで子供とふたり取り残されることを想像して悲しくなってしまったようでしたが、悲しくなっている夫を横目に私がなんとなく思ったのは、働いて収入を得ることなんて誰でもできるんだよなあ、ということ。

いや、現にいま休職中の夫はお金を稼げてないんですけど、心身ともに健康であれば、そして年齢なりの経験とスキルがあれば、それほど難しいことではないように思う。例えば夫がこのまま働けなかったとしても、私は夫も子供も養っていける気がする。

お金を稼ぐって、とてもありふれた普通のことだと思うんです。なのに、なぜかそれだけやってれば家事育児はできなくてもいいみたいな風潮が、おもに男性の界隈でありますよね。いえ、disりたいわけではなくて、それって大人としてすごく困ることなんじゃないかしらと思って。

「家事育児に主体的でない夫」というのは世の中に多数存在するようで、私の夫もそのひとりです。
毎日子供をお風呂に入れたり、ぐずったところをあやしたりはするのでそれなりに育児をしているのかもしれないのだけど、妻が明日急に死んじゃっても家事育児する覚悟があるし実際にやれる、というのが「主体的」といえるひとつの目安なのかもしれないなあと思いまして。まあ私の夫にその覚悟はぜんぜんないみたいでした。

やっぱり大人として、稼ぐことも家事育児も、いざというとき困らないレベルでできたほうがいいですね。

とりあえず雑炊に卵を入れるタイミングは覚えておいた方がいいよ、と夫に伝えて、私は鍋を軽くかき混ぜました。